さつま富士と桜島の国−鹿児島の旅(by luckymentaiさん)
鹿児島が今熱い。もちろん大河ドラマ「篤姫」がその注目のキッカケだとは思いますが、どうもそれだけではなさそうです。
屋久島や奄美諸島、開聞岳から桜島、霧島から大隈半島までその大自然の多様さに惹かれて訪れる人も多いのではないでしょうか。
僕も九州では最後の未踏の地、鹿児島に2008年9月20日に日帰りで行ってきました。
目当ては開聞岳と桜島の雄姿です。
宇都宮で建築家 佐藤功一の足跡を見つけた(by ぬいぬいさん)
建築家 佐藤功一と言えば早稲田大学に建築科を創設した人物であり、関東大震災以降に活躍した日本を代表する建築家の一人です。代表的な作品に、早稲田大学大隈講堂、津田塾大学本館、日比谷公会堂などがありますが、栃木の宇都宮にも足跡が残されていました。
早稲田大学教授退任後は日本女子大でも教鞭をとり、女性に対する建築教育の草分けでもありました。
この4代目栃木県庁舎を設計したのは亡くなる3年前で晩年の作品でもありました。
何故佐藤功一が栃木県庁舎を設計したのか?
それは、佐藤が栃木県出身(国分寺町)で、自ら生まれた出身県に足跡を残したかったのでは・・・?
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『大隅国』より : 大隅国(おおすみのくに)は、かつて日本の地方行政区分だった令制国 国の一つである。西海道に含まれ、その領域は現在の鹿児島県の東部と奄美群島にあたる。隅州(ぐうしゅう)と呼ばれることもある。延喜式での格は国司#国等級区分 中国、遠国。
和銅6年 (713年) 4月3日に、日向国の肝杯郡、囎唹郡、大隅郡、姶羅郡の四郡を分けて設けられた。この姶羅郡は、現在の鹿屋市旧吾平町周辺を指し、後に肝属郡に編入された。現在の姶良郡は、始羅(しら)郡がこの姶羅と混同されたための名称である。また、菱苅郡(現在の伊佐郡菱刈町周辺)・桑原郡(姶良郡湧水町周辺)・始羅郡(姶良郡姶良町周辺)は、成立当初はの囎唹郡に含まれる。
大隈の詳細