臼杵市:石仏と寺と石畳の旅情(by ANZdrifterさん)
大分市に3泊して、そのうち一日を臼杵で過ごしました。国宝の石仏群見学と、臼杵の町で精進料理を食べることが狙いでした。
石仏は優しく美しく、みごとでした。
彫らせた長者、彫った石工、そして幸せは来世を祈ることしかなかった庶民に思いをはせて、バスで臼杵市に戻りました。
大分からJRで上臼杵駅下車。時間かせぎのためにタクシー(1460円)で石仏入り口まで移動します。これは正解でした。
観光情報センター(物産販売所)に向かって右側に、コインロッカーがあります。帰りに鍵を開けて荷物を取り出すと、入れた100円が返ってくるので利用価値は大きい。これは助かった。
入場料を払ってホキ石仏第1群、第2群、山王山石仏と巡り、山上の日吉神社から尾根をたどって、ホキ石仏の後ろの山上にある1172年の銘がある大きな石から彫りだした五輪塔(重要文化財)を訪れました。豪快で、九州らしいと感じました。
もとに戻って、大日如来がある古園石仏を拝観しました。
12時半の臼杵駅行きのバスで上臼杵駅前のつぎ、平清水(ひらそうず)で降りると目の前に龍源寺の三重塔があります。九州に三つしかない江戸時代の塔です。
その向かい側に大橋寺があります。石垣が見事な寺で、西南戦役の政府軍の本陣です。本堂には西郷軍(地元では島津軍と言っていた)の鉄砲の弾が残っていると言うので行ってみたが、判らなかった。ここの石垣は写真のように複雑に組まれていました。
そこから右の道に入って、二王坐の石畳の道に入ります。ただ歩くためだけに 訪れてもよい道です。
明石原人を発見された直良信夫先生の生家がありました。
その先には 星月庵(せいげつあん)という有名な精進料理があります。私は予約していた星月膳(3780円)をいただきました。たっぷり説明をしてくれるという住職は病院に行っているとかで、お話は伺えませんでしたが、手をかけた繊細な料理はすばらしいものでした。
給仕をしてくれた若い坊さんが、料理も禅の修行ですが私はまだまだですと言っていたのが印象的でした。
小さいけれど良く手入れされた庭に、シジミチョウが追いかけっこをしていました。
二王坐の石畳の道を歩いて、観光情報センターに立ちよってから、城跡の公園に上り、稲荷社の階段をおりて、駅に向かいました。
駅の近くに喫茶店がないのが残念でしたが、観光ずれしていない町なので、自分をみつめながら ゆっくり散歩するにはとても良い町でした。
2008年10月、江戸情緒が残るという城下町・杵築(きつき)を散策する。NO,7酢屋の坂を下り志保屋の坂を登ると、中根邸が見えてきた。(by 堀昭夫さん)
10月19日大原邸を出て酢屋の坂を下り商人の町をチラリと見やり、向かいの志保屋の坂を登るとそこは家老丁で、左手に中根邸が見えてきた。
ご存知フーテンの寅さん第30作「花も嵐も寅次郎」のロケ地になった事も、私がこの町を訪ねる理由の1つだった。
すでに湯平温泉、別府の鉄輪(かんなわ)温泉、臼杵は訪ねているが、坂の城下町・杵築の志保屋の坂、養徳寺も舞台に選ばれているのだ。
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その方がいい画質で観る事が出来ます。
<花のクローズアップ写真は、随時新しい写真をアップしながら
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『臼杵磨崖仏』より : 臼杵磨崖仏(うすきまがいぶつ)は、大分県臼杵市深田にある4群60余体の磨崖仏である。「臼杵石仏(うすきせきぶつ)」の名で知られている。1995年(平成7年)国宝に指定された(指定対象は59躯)。磨崖仏としては日本最初、彫刻としては九州初の国宝指定となった。国指定特別史跡。
国宝指定対象は59躯である。うち制作が優れ、比較的保存状態の良い27躯が本指定で、残余の32躯(*印)は「附(つけたり)」指定となっている。
国宝指定時の官報告示に基づき、漢数字をそのまま使用している。
第一龕 如来三尊及び両脇侍像 5躯
第二龕 如来三尊坐像 3躯
第一・二龕間 愛染明王坐像 1躯(*)
臼杵石仏の詳細