三浦郡葉山町(by ばばろあさん)
芸術の秋をスタートさせてみよう!
優しく美しいトラベラーさん達に教えていただいたのが
開催中の3つの展覧会
1.フェルメール
2.ミレイ
3.秋野不矩
いつまで??
あらら、展示期間が10/5(日)までって、あと5日しかない!
3.の神奈川近代美術館葉山で開催中の秋野不矩展からスタート!!
秋野不矩(あきの ふく) チラシより抜粋
1908 静岡県磐田郡(現・浜松市)に生まれる
1929 京都に出て、日本画家西山翠嶂に入門 21歳
1930 帝展初入選 22歳
1949 京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)で活動
1962 タゴール国際大学の客員教授として招かれインドに1年間滞在 54歳
2001 死去
悠久の大地インドの風景とそこに生きる人々を数多く描き出した
彼女がその風土を知るのは、50歳を過ぎてからのことです。
インドに魅せられた後、何度も足を運び、よりスケールの大きなものに変貌し、厳しくも雄大なインドの大地を、やさしく生命力溢れるイメージで表現した作品の数々は、日本画の新境地を切り開いていったのです。
展示では、約140点を展観。
表紙の花は?
コエビソウ キツネノマゴ科 コエビソウ属
別名 ペロペロネ(ユニーク!)
原産地 メキシコ 常緑低木
逗子の空き地に咲いていた。
名前もトラベラーさんから教えていただき‥感謝です。
森の石松はイイ男(by 黒鯛釣師さん)
遠州、森の石松と言えば次郎長一家では今でも人気ナンバー1!
石松は正直、単純な性格で不義背徳を恨み、弱者の味方で当時の任侠社会の中でも稀にみる快男児であった。その性格の為に、次郎長の代参で金毘羅参りの帰りに都鳥兄弟にだまし撃ちに会い、悲惨な最後を遂げた。時は万延元年(1860年)9月17日と、大洞院のパンフレットより抜粋しました。
大洞院は応永18年(1414年)恕仲天?善事(じょちゅうてんぎんぜんじ)によって興された曹洞宗の名刹とあります。
石松の墓は現在3代目です。いつの頃からか、石松の墓を削って勝負に臨むと勝運があると広まり、・・・境内で売っている石松の開運札は初代石松の墓の石が入っていると前回購入した時に住職に聞きました。札は三色あって、朱色はパチンコ。他の色は競艇と何だったか忘れました。
前回行った時に多摩ナンバーのベントレーコンチネンタルって車(お値段2,000万円以上)で来ていた3人家族がいました。ご利益があると、札を返しに来るので凄いのが当たったんでしょうね?羨ましいやら、恨めしいやら!
黒鯛釣師は賭け事は今は足をあらったので無縁ですがBIGとかロト6を購入する時に、この札を片手に握り締めて購入しています。
昨日、本社の人間と磐田で飲んだ際に札をあげちゃったので、今日買いに行った次第です。今までは朱色でしたが、今回は金色の札を購入しました。帰りにBIGと、オータムジャンボと、ロト6を片手に石松の開運札を握り締めて購入しました。
天文学的な確立で一等が当たったら、即会社辞めて、微笑み返しの国と、カイラス山に行っちゃいますネ。
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磐田(いわた)は次の意味で使われている。
静岡県磐田市(いわたし)
静岡県にかつて存在した磐田郡(いわたぐん)
日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するプロサッカーチーム、ジュビロ磐田(ジュビロいわた)の略称。
磐田の詳細