鶴岡ワシントンホテル

〒997-0015 山形県鶴岡市末広町5―20

鶴岡ワシントンホテル
↑鶴岡駅より徒歩1分

鶴岡の駅前に位置し、ビジネス・観光の拠点として便利なホテル

山形県、庄内地方の中核都市、鶴岡の駅前に位置し、ビジネス及び観光の拠点として大変便利なホテル

鶴岡ワシントンホテル

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ホテル ルートイン鶴岡

〒997-0047 鶴岡市大塚町12-26

ホテル ルートイン鶴岡

鶴岡ICより車で5分 ホテルルートイン63番目の店舗

和洋食バイキングの朝食付。また、活性石を使用した人工温泉もあり、好評を頂いている。客室は全室に冷蔵庫、ウォシュレット等を完備している。

ホテル ルートイン鶴岡

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ホテル・アルファ-ワン鶴岡

〒997-0015 山形県鶴岡市末広町18-41

ホテル・アルファ-ワン鶴岡
↑tsuruoka

JR鶴岡駅徒歩7分。城下町として名高い鶴岡市の観光拠点に便利。

全室インターネット接続無料・冷蔵庫・ウォシュレットトイレ・ズボンプレッサー完備。ホテルアルファ‐ワンで心を癒すひと時をお過ごし下さいませ。 

ホテル・アルファ-ワン鶴岡

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鶴岡旅行記

野村楽天のキャンプ地 久米島をたずねて(by チイチャンさん)

鶴岡
野村さんが楽天の監督になって3年目の春もキャンプを沖縄の久米島で迎えた

鶴岡南海の時代から、大の野村ファンとしては新生楽天の行方を見届けるべく3年連続で久米島に応援に行っている

沖縄本島那覇空港からプロペラ機(40人乗り)に乗り換えて30分久米島に着いた

冬2月でも久米島は沖縄だからと思っていたが、風のきつい日は寒くヤッケをはなせない朝晩はやはり冬であった。

それでいて、スタンドの日だまりで、選手達の練習風景を3〜4時間も見ていると紫外線がきついのか、露出した腕の
部分はやけど同然で風呂に入れず大変だった

久米島では6日間滞在し、そのほとんどの時間を楽天選手の練習風景を見て回る

島は比較的小さく観光は2〜3時間もあれば一通り見て回れるほどである

1軍のグランドは、町が新たに作った海が見える立派な新球場である。それだけに風は強い。

その隣接した場所にホタルドームと言う雨天練習場がある。
この時期、風の強さと比較的雨が多いのでこの練習場の使用頻度が多くなっている

練習は朝10時に始まり午後は3時過ぎまでみっちりやっている
全体練習が終わっても数人は居残りで打ち込み特訓をしている

特に中村真人、渡辺直人など常連組み5.6人はマシンを相手にもくもくと休むことはない

ピッチャーの練習場は、ドームの横にあり6人がピッチング練習の出来るスペースがある

入れ替わり立ち替わりコーチの指示で投手が移動する。
その都、報道陣がどっと移動する。

新人の捕手は、ベテランピッチャーにコースの指示をするが、
一球ごとにヨッシャーとか大きな声を返しているが、その都度【すみません】とこれまた大きな声を発している
真剣な練習の息吹がむんむんである

ファンの一人は長谷部を追っかけて休暇を取って東京から駆けつけて来たと言う。

スタンドで仲良く並んで紅白戦を応援した。紅白戦と言えば、地元の住民や小学の高学年.中学生.高校生が授業の
一環として大挙見学にやって来る

球場の前には、テントをはった即席食堂が3〜4店出現する
弁当.そば.おむすびなど、みんな沖縄風料理である。なかでもノムそばとかまーくんそばが人気だ

2軍の練習場は、海辺の宿舎から徒歩でもいける場所にあり雨天練習場はない

ファンは練習を見守る人は少ないが、
それでも地元の人が仕事の合間に取っ替えひっかえ練習風景を見に来ている

1軍の総合的練習に比べ、2軍はワンポイト的というか、基礎的訓練?主体というか見ていて華やかさはない。
それでも取り組む選手は真剣だ

たまたま2軍の松井監督は同郷の人で、グランドから声を掛けてくれて1時間ほどチームの情報2軍の練習、訓練指導など
説明してくれる機会を得た。2軍があるから一流の選手が育つのだと思った

まいとしで3度も行くと、選手の成長ぶりもよくわかるし、特に片山君なんか1年目はグランドのフェンスにつかまり、
背は高いが細い体を1本足でじっとしているから、監督に何しているのですかと尋ねると精神修養と平行バランスを
養っているとのことであつた。
バランスが大切なんだと言っていた。
こう言う地道な訓練が良い選手を育てていく源なんだと感じた。

2年目に同じグラウンドで片山君のあった時、体の出来上がっていることにびっくりした、ほんとに片山君かと正したほどでした

1軍で成績が落ちると、2軍行きと言うが、2軍落ちではなく2軍という場所で練習をし修正をして1軍の場所で活躍出来る
道場であるべきと思う

ホテルは、
1年目は、1軍の宿舎と同じ 2軍の宿舎とは徒歩10分(空港30分.球場20分)
*2年目は、2軍の宿舎と同じ 海に面したきれいな浜辺にある (球場徒歩5分)
*3年目は、1.2軍宿舎を半々で投宿

宿舎が同じだと当然監督コーチ選手との接触の機会が多く、ロビーに出てくるその人たちとの会話もその場所でなければ
出来ないことでありファンとしては醍醐味である

野村監督に、生涯一捕手のサインをもらった。サインをもらうあいだ群がる記者達がそれをじっと見守っていた。時間は短かったが
南海時代のことを話せてよかった。ことのほかよろこんでくれていた

又2軍の宿舎は、イーフビーチと言うきれいな浜にあり朝まだ明けやらぬ浜辺をもくもくと走る。選手の数いつも4人5人かなあ

毎朝の声だしは、部屋の真下の広場で行われる。
今日はだれかなまさしくキャンプ地久米島は野球漬けであります

地元主催の歓迎会には、約300人集まり球団側から監督コーチ選手10人くらい参加..地元民のみとのことであったが心よく
参加させてもらっている。地元の人はここに来ている300人はみんな顔見知りやでと言っていた

練習見学が終わり球場を出てタクシーを呼ぼうとしていたら、地元の人がホテルまで送ってくれた

3度も野球漬けで行くとどこから伝わったのか、観光協会の会長と町長の挨拶をうけたのには驚いた

鍛錬.練習の成果も稔り、今年もシーズン終盤を迎えて今調子の上向くなか一生懸命頑張っている

野村監督が来年も続投と決まったので、私も来春4度目の久米島行きが決まったようなものです

又来る年も、新しい仲間が加わる、若くたくましくそして成長をしていく犬鷲軍団を応援にいきます.


ついて゜の旅! 久米島そして沖縄本島.宮古島.石垣島.西表島.与論島と探索の旅でした

【旅行時期】2007/02/18~2007/02/23
【エリア】久米島
【テーマ】スポーツ観戦
【投稿者】チイチャン

武家の古都「鎌倉」散策(by Bachさん)

鶴岡
絶好の秋日和に、久しぶりの鎌倉を訪問しました。
鎌倉は、京都・石清水八幡宮を勧請(かんじょう=分祀ぶんし)した鶴岡八幡宮を中心に栄えたということで、京都住人にとって非常に親しみ深いところです。「1192いい国作ろう」から「1333一味散々」まで関東で政権をとった当時の文化に興味を抱きながらの1泊2日の散策でした。
今回の、鎌倉の印象はまず、平日にもかかわらず原宿並みの人の多さ!世界遺産18、国宝60の京都でも年間5,000万人と言われるのに、鎌倉には2,000万人もの人が集まるという。首都圏集中はこういうところにも及んでいるのかという感じです。
次に、京都の南禅寺、東福寺、建仁寺と鎌倉の建長寺、円覚寺で五山とされた時代もあったそうで、この時代、政治と文化の中心であった京と鎌倉で同様に禅宗文化が栄えていたことは凄い。到着していきなりの感動は、町の中心となっている若宮大路というのは京の朱雀大路に倣ったもので、参道を実際の距離より長く見せる為に遠近法を利用し、海岸側は道幅5mで八幡宮側は3mになっているという。京都の十輪寺庭園も狭い場所を広く見せるために手前から奥へ少しずつ高くした遠近法を取り入れており、庭園感覚のセンスが見えて素晴らしい。
又、長谷寺や大仏が共存し、奈良と京都の両方を持っているのも面白い。全般的な印象として、鎌倉はシンプルで大雑把な感があり、武家と公家の違いの臭いはしますが、頼朝の必死さが伝わってくるような感じです。
今回は残念ながら見れなかった、淨妙寺や報国寺、明月院、光明寺、円応寺、瑞泉寺にも是非春の季節に行って見たいものです。

(工程)鎌倉駅〜(集合場所)蕎麦屋「峰本」〜若宮大路〜鶴岡八幡宮〜銭洗弁財天〜茅ヶ崎(宿泊)
    北鎌倉駅〜円覚寺〜東慶寺〜建長寺〜稲村ガ崎(昼食)〜高徳院大仏〜長谷寺〜(帰京)

若宮大路>源頼朝が京都の朱雀大路に倣って造った、由比ヶ浜から鶴岡八幡宮へ通じる1.8キロの参道で、鎌倉のまちづくりの中心となった。頼朝が妻政子の安産を祈って一直線にしたと言われ、日本の道百選の一つで、鎌倉一の桜の名所。二の鳥居から三の鳥居まで、約500メートルにわたって桜のトンネルが続く。

鶴岡八幡宮>源頼朝が、ここを平家討伐の本拠とし、征夷大将軍になって、京都と並び政治文化の中心となり、幕府の儀式や行事はすべてここを中心に行われた。仁大門を入ると義経を慕う静御前が舞った舞殿がある。また、頼朝の妻の北条政子が、夫の必勝と源氏の繁栄、平家の滅亡を祈願して造らせた、源平池があり、夏は左右に紅白の花を咲かせ、源平の旗の色を表わしているという。

銭洗弁財天(ぜにあらいべんざいてん)>この地に湧き出す水で、ザルにお金を入れて洗うと倍になるという。

円覚寺>鎌倉幕府の執権北条時宗が、元寇の戦死者を弔うために禅宗を広めたい思いで建立したもので、臨済宗・円覚寺派総本山。方丈庭園は、夢窓疎石の作庭で、「妙香池(みょうこうち)」と呼ばれる心字池が中心になっており、向こう岸に虎の頭に見える「虎頭岩」と呼ばれる岩盤がある。

東慶寺>北条時宗の妻、覚山尼(かくざんに)の創建で、尼寺として栄え、寺内に駆け込んだ女性は3年間修行すれば夫と離縁することができたという、?縁切り寺″?駆け込み寺″。文化人のあつまる町らしく、西田幾多郎、鈴木大拙、高見順、小林秀雄等著名人のお墓が多いが、なぜか三段飛びの織田幹夫とバレーボールチームの大松博文の墓もあった。

建長寺>鎌倉五山第一位の臨済宗・建長寺派の大本山で、北条時頼が建立したわが国最初の禅寺。
江戸時代に沢庵和尚の進言で再建され、今でも厳しい修行が行われ沢庵修行は有名。
ここの方丈庭園は、夢窓疎石の作で、総門と同じく、京都の般舟三昧院(はんじゅざんまいいん=皇室ゆかりの寺院で京都今出川千本東)から移築し、禅寺を象徴する”心”という字の形をした心字池。

鎌倉大仏(高徳院)>鎌倉を代表する名所となっている長谷の高徳院の本尊である大仏は、鎌倉で唯一の国宝仏。当初、鎌倉幕府第三代執権・北条泰時の時に木造の大仏が建てられ、その後現在の青銅製の大仏が鋳造され、大仏殿に納められたが、大仏殿は何度か倒壊してから再建されておらず、露出の阿弥陀仏となっている。奈良東大寺の大仏、富山県高岡の大仏とともに三大大仏といわれるが、建造は奈良752年、高岡1221年、鎌倉1246年。高さは奈良18m、鎌倉13m、高岡5m、大きな違いは手の形で、奈良は釈迦如来(右手をかざし左手は下)、鎌倉と高岡は阿弥陀如来(足の上に両手を組む)の印相。

長谷寺(はせでら)>この寺は、鎌倉時代以前からある古寺で、本尊の十一面観音は高さ9.18mの一木造りで木造日本一。後に足利尊氏が金箔を施し義満が光背を造ったといわれる。


【旅行時期】2008/10/30~2008/10/31
【エリア】鎌倉・湘南
【テーマ】寺社・札所めぐり
【投稿者】Bach

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鶴岡とは?

山形県鶴岡市(つるおかし)
鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)
鶴岡一人など、日本人の姓のひとつ。

鶴岡の詳細