下部ホテル

〒409-2947 山梨県南巨摩郡身延町下部1900

下部ホテル
↑ホテル

自然のままに、心のままに・・・

松風を渡る風の音、築庭にそそぐ光、静寂のさなか、野鳥の訪れ、水面のゆらめき。やさしい旅の時間を、ゆったりとお過ごしください。
下部温泉駅下車徒歩1分。

下部ホテル

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ペンション 日下部

〒414-0044 静岡県伊東市川奈1075

ペンション 日下部
↑海と山に囲まれた自慢のロケーション

天然温泉100%かけ流しの湯と陶芸体験の楽しめる宿!

 鳥のさえずりや、虫の声、天然温泉の露天風呂で、心も身体もリフレッシュ!陶芸家のオーナー夫妻の指導による一日体験陶芸教室であなただけのオリジナルな器作りにチャレンジしてみよう!(体験は別料金)

ペンション 日下部

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下部旅行記

バリ島のサンセット(by 風 魔さん)

下部
私たちは、兄姉と7人で2008年1月16日から21日まで、寒い日本を脱出してバリ島へ観光に行ってきました。関西空港から、飛行機でおよそ7時間(ハワイまでとほぼ同じ飛行時間)で、デンパサール空港へ到着しました。

デンパサールは、州都でインドネシア語の「北の市場」という意味だそうです。バリ島は、海岸線に沿って、各リゾートビーチがあり、ホテルが集中して点在しています。現地の気候は、雨季で気温27、28度、湿度70%程度であまり暑さを感じませんでした。雨は、主に夜間降り、日中もスコールが激しく降りますが、短時間ですぐ快晴となりました。
宿泊ホテルは、「THE RITZ-CARLTON HOTEL」で、ジンバラン地区にありバリ島を代表するホテルでした。
空港からは、南に車で30分位の近さで、海岸からおよそ100m上の断崖に横に長く、ホテルのメイン棟と点在するコテージがあります。ホテルの私道は、テロ対策のため、警備員(武器を所持)、シェパード犬、車両用遮断機、通過車両は検査鏡で車体の下部までチェックし、さらに道路上には数箇所段差があり、車両が一気に進入できない仕組みで警戒は厳重でした。

ホテルの敷地面積は、約77千平方メートルと「東京ドーム」7個分の広さで、コテージへの移動は、電気カートでした。通貨は1ルピアから100,000ルピアまで、硬貨と紙幣がありますが、あまりにも単位が大きいので、およその日本円の目安としては、下の0を2個とり、約1.2倍すると換算できますが、日本円、米ドルとも通用しました。タクシー代とマッサージ代の安さには感心しました。たとえば、1日約7時間を、8人乗りバンがチャーター料12千円で貸切できました。また足つぼマッサージは、足にアロマオイルをぬり、肩、首、頭を、1時間半ほど十分揉んで900円で、体調と気分がスッキリしましたので、タクシーを使って2回も行きました。

毎夜、カエルとヤモリの鳴き声で眠り、朝は、数種の鳥の鳴き声で目が覚め、きれいな星空には「南十字星」を見ることができました。ホテルは、各部屋以外は、すべて吹き抜けのため開放的で、エントランスより階段下のプール越しに、遠く海が見え、椰子の木と木々の緑、海と空の青さ、雲の白さとのコントラストが、いかにも「南国」へ来たことを実感しました。
また、サンセットの見物は、広い芝生の庭園に座り「夕日」が、インド洋の水平線に沈み、周囲の海、空、雲が茜色に染まる景色には、皆感動しました。

ホテルのシャトルバスで、クタビーチへ行きショッピング。
ビーチ沿いに土産物店があり、店員と何百円の値切り交渉を楽しんでいました。バリ島の人々は、性格温和、素朴で宗教心が厚く、民族衣装、バリ舞踊、古い寺院、ライステラス(棚田)、ウブドの芸術村などを観光して、時間と空間が、ゆったり流れる熱帯アジアを体験してきました。


【旅行時期】2008/01/16~2008/01/21
【エリア】バリ島
【テーマ】ビーチ・島・リゾート
【投稿者】風 魔

土佐の旅No5・・・四万十川の遊覧(by 早島 潮さん)

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平成20年11月3日(月)
 朝の散歩も終りホテルへ帰り稲荷弁当とままかりの惣菜で朝食を済ませると8時半に予約しておいたタクシーが迎えにきた。乗船希望者の集合場所であるアカメ館へは10分ほどで到着した。連休最終日だというのに乗船者が少ないのは意外である。大型遊覧船へのお客が15名ほどである。舟母船へは筆者一人だけのようである。

 アカメ館へ集合したお客を自動車に分乗させて上流の乗船場へ移送するシステムのようである。迎えの車の来るまでの待機時間に館内の土産物を買ってもらおうとの営業戦略が窺える。四万十川の特産品が店頭には陳列してある。

 目が赤いのでアカメと呼ばれる四万十川に棲息する魚も水槽で泳いでいた。大型遊覧船の乗客達の迎えのバスが出発してから暫く待つ程に小型ワゴン車が迎えにきて車上の人となる。車は堤防沿いの道路を川上へ約15分程走行して乗船場へ到着。予想したようにここにもお客はおらず、独りだけの貸切舟となった。船頭が二人同乗した。

 船頭と対峙して約一時間、四万十川にまつわる話を聞くことができた。

☆四万十川の地名の由来に四説ある。
1.流域での米の収穫量が四万十石とする説。
2.地名が複合して何時しか四万十と呼ばれるようになったとする説。
3.枝川が多いので四万十川と呼ばれるようになったとする説。
4.アイヌ語では川をシマンヌというので四万十川と呼ばれるようになったとする説。然しアイヌ語説はこの地方にアイヌ人が居住した痕跡が見当たらないので後からこじつけた説臭いこと。

☆四万十川の伝統的な漁法
 1.ガラ曳き漁
 2.ノボリオトシ漁
 3.ウナギのヒゴ釣
 4.ウナギのスズグリ
 5.ウナギのコロバシ
 6.ウナギのイシグロ
 7.柴漬け漁
 8.ハエ縄漁
 9.ハエ縄
10.エビ玉漁  
11.カニウエ漁
13.ウナギ掻き
14.アユ網漁
15.スズキ瀬張り網
16.流し網漁
17.棚網、トバシ網                
 と実に多様である。

 同乗した船頭は鯉漁が得意だという。面白いと思ったのは抱き鯉漁といわれる漁で、これは寒中ウエットスーツを着て川底に潜水し休眠している鯉を抱き抱えて捕獲するのだという。通常は一潜水に一尾の捕獲であるがヴェテランになると布袋を持って潜水し袋の入り口を鯉の頭近くに設置しいきなり鯉の尻尾を叩いてやると鯉は猛然とした勢いで袋の中に飛び込んでくるから一潜水で何尾もの鯉を捕るらしい。

 鮎は海水と淡水が混わる水域で産卵し四万十川では赤鉄橋付近が産卵場になるという。四万十川の現在の水深は16メートル〜20メートル位であるが今年は台風が上陸しなかったので水量が少なく透明度も低い。四万十川が清澄であるためには台風や洪水はウエルカムであるという話は意外であった。

 川を清澄に維持するために流域の関係者は努力を続けているが水質汚濁の原因は生活排水の流入と森林の間伐が人手不足のため出来ないこと。また針葉樹の植林が進んで闊葉樹が少なくなり保水力のある腐葉土が蓄積されないことにあると嘆いていた。

 またこの川には沈下橋と名のつく橋が多い。これは大水が出たとき漂流物が欄干に引っかかり橋が流されないように最初から欄干が付けられていない。大水になると橋は水面下に沈むのである。住民の生活の知恵が生み出した四万十川独特の橋である。沈下橋は舟母船から遠望しただけであった。

 船頭から聞いた漁法を帰宅後ネットで調べたので転載しておく。
以下は全て
  • http://www.city.shimanto.lg.jp/simanto/gaiyou/gyohou.html
  • からの転載である。                                              
    ○ガラ曳き漁(ゴリ)
    チチブの稚魚 戦後間もない頃まで専業漁家の間で行われていたようであるが、現在では殆ど行われておらず、僅か1〜2の漁家が操業しているに過ぎない。
    漁獲の方法はサザエの殻を何百個も吊した荒縄の両端を各々人と舟で曳き、前もって適当な場所に設置した四ツ手網の方向に引き寄せて、ゴリを追い込む。貝殻を吊した荒縄の長さは、およそ50m程あり、これを上流から下流に向かって曳く。操業期は2月頃から4月頃。

    ○ノボリオトシ漁
    流れの早い瀬に仕掛ける漁法で、流速を利用してゴリを通網で誘導し、そのかけ上がりの先端で強い流速に押され、トラップ付の魚取り箱にゴリを落とし込むというものであるが、この漁法については知事の許可が必要である。

    ○ウナギのヒゴ釣り
    ウナギは夜行性のため昼間は穴の中の隠れ家に潜んでおり、その中に針を取り付けた竹ひごにミミズやドジョウを餌にして、穴の中に差し込んで釣る方法である。

    ○ウナギのズズグリ
    ミミズを糸に通し、数珠状にしたものを竹の柄をつけた細長い鉄棒の先に縛り付け、洪水時の流れの中に差し込んでウナギを釣る漁法であるが、この場合鈎針は一切使わない。

    ○ウナギのコロバシ
    竹ひごで編んだ筒状の物や木製の筒状のもの、又は、竹の輪切りにした筒などの片側にトラップを取り付け、残りの片側に取り出し口を設けた漁具で、餌は活きたミミズ、ドジョウ、ハヤ、エビ等を入れて一昼夜、川底に仕掛けておく。

    ○ウナギのイシグロ
    川底を30?程掘り、グリ石を積み上げて人工的にウナギの住み家を築き、それに潜り込んだウナギを捕える原始的漁法。

    ○柴漬け漁
    1.5m程度の常緑樹の枝をひと抱え程に束ねて、それを川底に仕掛けて数日置き、ゆっくりと引き上げ大型のタモで抄い、ウナギ、カニ、エビ等を獲る原始的な漁法。

    ○ハエ縄漁
    幹素(オモソ)再燃り32本に枝素(エダス)5号程度のナイロンテグスを4〜5・おきに結び付け、これに鈎針8〜9号を取り付ける。
    ノハエ(ノハチ)の長さは約150尋(1尋=1.5m)程度で、餌はミミズかエビ、対象漁によっては、他の餌も使用するが、殆どの場合、夕方川底に仕掛け、早朝に取り込む。

    ○ハエ縄(一本ハエ縄)
    1.5 m程の細い竹竿の端にナイロンテグス5号程度のものを2〜3m取り付け、先端に鈎針8〜9号を結び、餌はミミズか活エビで、本流に流れ込みの小川の岸のここぞと思うポイントに投げ込みウナギを狙うハエ縄漁であるが、主に少年達がアルバイト的に行った漁法である。
    一日に50〜60本も仕掛けておけば、多い時はウナギ籠の底が見えない程釣れる時もあった程である。しかし、70年代頃から始まったシラスウナギ漁のため、天然物のウナギが激減し、今では、この漁法が行われるのを見ることは殆どない。

    ○エビ玉漁
    夏場の四万十川の風物詩とも言えるのんびりとした漁法で、直径15?程の小さな糸で編んだ玉網で川底を徘徊しているテナガエビを伏せて捕る漁法である。
    昔は沢山のエビがいたので、子どもでも真昼間に捕ることができたが、現在では乱獲によって川エビも激減しており、昼間はその姿を見ることさえ難しくなった。

    ○カニウエ漁、テヌイエ漁
    30?径程度の亀甲状に編まれた竹籠をひっくり返した型状のものの口の部分に板で底を作り、竹籠の側面に高さ10 ?、幅20?くらいの入り口を作り竹籠で作ったコシタと言うトラップを取り付け、これを通過したカニが後戻り出来ないようにしたもので餌には雑魚を竹籠にくるんで内部に置き、石の重りを入れて、これぞと思うポイントに沈める。 一昼夜おいて、次の日に取り込む。
    近年、化学繊維の漁網製のものが多量に安価に販売されており、竹製のカニウエ漁はついぞ見かけることはなくなった。
    チヌウエ漁は、先述のカニ籠を一回り大型にしたようなものであるが、チヌウエの場合は小さな力で持ち上がるような微妙な設定が必要であり、誰かれ作られるようなものではなかった。この底板の内側の部分にカニを漬したものを泥とこね合わせ、3〜4 ?の厚さに貼り付け、緩流の水深のある所へ早朝に沈め、夕暮時には取り込む。

    ○ウナギ掻き
    先端が4〜5本の櫛状になった鉤型の鉄製の漁具である。
    これは冬場、泥底に潜っているウナギを引っ掛けて漁獲するための道具であるが、近年は、この漁法は殆ど使われていないし、この道具も見かけなくなった。

    ○アユ 〈網  漁〉
    建網(火振り漁)、投網(トアミ)、なげ縄、地曳網 〈釣り漁法〉オトリガケ(友釣り)、シャビキ(コロガシ)、シャクリガケ、ピンガケ

    ○スズキ瀬張り網
    落鮎シーズンには、夏場上流まで鮎を追って遡上していたスズキが大群で降り始めるか、これを狙って、急流に杭を打って網を張り、流れに乗って落ちて来るスズキを待ちぶせて獲る漁法。

    ○流し網漁
    表層を遊泳する。主にスズキ、ボラを獲ることを目的に使用する網で、型状は建網であるが、強い浮力の浮子によって沈垂を川底から浮かし水面から網が垂れ下がった状態で、流れにのせて下流に向かって流すものである。現在では使用されているのを見たことがない。

    ○棚網(ボラ)、トバシ網(ボラ)
    この漁法は現在、四万十川では操業されておらず、知る者さえ僅かな人数ではないかと思われる。
    この構造は独特であり、ボラの習性を利用したものである。主網の部分はナイロンモノフィラメント8号、5節、高さ6〜8m、長さは長いものでは500mに及ぶものもあったようで、四万十川に於ける漁具としては最大である。
    この主網の下部には当然沈垂が付いており、上流には浮子が取り付けられている。これだけならば普通の建網であるが、この浮子の片側に幅1.5〜2mの棚網が取り付けられており、その端には浮子が取り付けられており、張り建てられると水面にこの棚網があたかも壁に取り付けられた棚のようになって浮かぶ。
    巻き建てられた網の内側から追い込まれたボラは驚いて逃げ惑うが、網を目前にして飛び越す習性を持つ。
    ボラは、主網を飛び越してこの網棚の上に落下し、待ち構えていた漁師が次々とすくい上げる。 これに類似したものにトバシ網漁という漁法があるが、これは、沢山の舟を棚網と同じように網の片側に連ねて、魚群を巻く方法をとるのであるが、追われて驚いたボラが棚網よろしく舟の中に飛び込むという算段である。
    先方から勝手に舟の中に飛び込んで来るのだから、すくい取る手間も要らず、のんびりとした漁法であるが、何しろ沢山の舟が必要な漁法であり、今日では、この漁法も過去のものなり、知る人もいない。
                                                 

    【旅行時期】2008/11/03~2008/11/03
    【エリア】中村・四万十川周辺
    【テーマ】
    【投稿者】早島 潮

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    下部とは?

    『身延町』より : 自治体名=身延町
    区分=町
    都道府県=山梨県
    支庁=
    郡=南巨摩郡
    コード=19365-8
    面積=302.00
    境界未定=
    人口=16,774
    人口の時点=2006年2月1日
    隣接自治体=山梨県:甲府市、市川三郷町、富士河口湖町、鰍沢町、早川町、南部町 (山梨県) 南部町静岡県:静岡市葵区、富士宮市
    シンボル名=他のシンボル
    鳥など=
    郵便番号=409-3392
    所在地=南巨摩郡身延町切石350

    下部町の詳細